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静岡地方裁判所 昭和44年(ワ)10号 判決 1973年3月23日

原告

松永憲

外三名

右原告四名訴訟代理人

大蔵敏彦

外二名

被告

日本国有鉄道

右代表者

磯崎叡

右訴訟代理人

鵜沢勝義

外一一名

主文

原告らの本位的請求および予備的請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  請求の趣旨

(本位的請求)

原被告間において、原告らはそれぞれ左記目録附与期日欄記載の日に附与された年次有給休暇のうち、同目録残余日数欄記載の日数の年次有給休暇請求権を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

目録

(原告氏名)

(附与期日)

(残余日数)

松永憲

昭和四一年八月一日

三日

赤堀三夫

右同日

二日

鈴木正

同年一〇月一日

二日

岡本晋

同年一二月一日

五日

(予備的請求)

被告は原告らに対し、左記目録金額欄記載の金員ならびにこれに対する本訴送達の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

目録

(原告氏名)

(金額)

松永憲

七、八二四円

赤堀三夫

四、三二〇円

鈴木正

五、七四四円

岡本晋

一二、二四〇円

二、請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨。

三、請求の原因

(一)  原告らは、左記目録雇用年月日欄記載の年月日に被告に雇用され、同目録記載の職場および職種に勤務する者である。

目録

(原告氏名)

(職場・職種)

(雇用年月日)

松永憲

浜松機関区・電気機関士

昭一四・一一・一

赤堀三夫

同右

〃二六・七・三一

鈴木正

浜松機関区・電気機関士兼機関士

〃一四・一〇・一五

岡本晋

浜松機関区・機関士

〃一一・七・二〇

被告は日本国有鉄道法によつて設置された鉄道事業等を営む公法人である。

(二)  原告らに適用される年次有給休暇については被告の年次有給休暇規程および原告らの所属する国鉄動力車労働組合と被告との間にある「年次有給休暇の取扱に関する協定」に定められている。それによれば年休の日数につき、勤続三か月をこえ一年以下の者は一年内に一〇日、勤続一年をこえる者については一年内に二〇日とし、附与期日から二年間有効と定められ(協定第一、第三条)、また労働基準法第三九条に定める年休を法定内年休、その余の年休を法定外年休と呼び、これら年休を消化する順序は、前年の法定内、法定外、当年の法定内、法定外の順序とし(同第二条、第一一条)さらに、年休をいわゆる計画年休と自由年休に分け、前者は全体の五分の三で勤務予定表を組む際に計画的に消化するもの、後者は全体の五分の二で職員の請求によつて消化するものとされている(同第四条)。

右規定により、原告らは本位的請求の趣旨に掲げた各附与期日から二年間有効の各二〇日間の年休権を有し、そのすべては法定内年休である。<後略>

理由

一、請求原因第(一)、(二)項記載の事実は当事者間に争いがない。そして原告らが昭和四一年中に附与された各二〇日の年休のうち、原告松永については三日、原告赤堀と鈴木については各二日、原告岡本については五日がいずれもその有効期間(二年)の終りに未消化の自由年休として残存していたこと、も当事者間に争いがない。

二、本件における主要な争点は、原告らの右未消化年休が原告らの時効中断によつてなお現存しているか、あるいは有効期間の経過とともになくなつてしまつたか、ということであり、それを一般化すれば年次有給休暇請求権に消滅時効の制度が適用されるか、殊に労働基準法一一五条の消滅時効の規定の適用があるか否かであるから、この点について判断する。

(1)  年次有給休暇請求権に消滅時効の規定の適用があるというためには、その前提として年次有給休暇請求権のいわゆる繰越しが認められなければならないが、年次有給休暇請求権の繰越しは、これを認めることができないといわざるをえない。すなわち、年次有給休暇の制度は、当該年度において法定の日数を有給で現実に休むことを保障するものであつて、その制度本来の趣旨からは、毎年法定の日数を現実に休ませることが要請され、たんに抽象的な年次有給休暇請求権を与え、その繰越しないし蓄積を認めるだけでは足りないものというべきである。換言すれば、労働基準法が最低限度の労働条件として罰則をもつて強行し保障しようとしているところのものは、たんなる抽象的な年次有給休暇請求権の附与またはその蓄積を認めることではなく、現実に当該年度の一定日数を有給で休ませることであるというべく、労働基準法第三九条にいう「有給休暇を与え……」たことになるためには、現実に有給で休ませることが必要であり、抽象的な年次有給休暇請求権の附与ないし繰越しでは足りないものといわなければならない。これに反し、年次有給休暇の繰越しを認める立場をとるとすれば、それは必然的に、右同条にいう「有給休暇を与え……」ることをたんに抽象的な年次有給休暇請求権を附与することをもつて足ると解する立場に立つことになる。けだし、繰越しというものを認める以上、そこに抽象的な年次有給休暇請求権というものを想定せざるをえず、しかもその繰越しを認めるわけであるから、当該年度においては現実に有給で休ませることをしなくても労働基準法違反にならないと解すべきことになるからである。そしてこの立場をおしすすめると、抽象的な年次有給休暇請求権を附与し、その繰越しないし蓄積を認めさえすれば、現実に有給で休ませることをいつさいしなくても同法第三九条の違反にはならず、したがつて同法第一一九条の罰則の適用もないということにならざるをえないが、その不当なことは何人の目にも明らかであろう。この場合、あるいは労働者側からの繰越しのみを認めてよいではないかという議論があるかもしれない。しかし労働基準法は労働条件の最低限度の基準を設定するものであつて、労働者側のイニシアテイヴによるものであつても右最低基準を下廻る結果となることを許容するものではないというべきであるから、労働者の側からする繰越しもこれを認めることはできないといわなければならない。けだし、労働者の側からする繰越しであつてもこれを認めることは、逆にいえば当該年度においては法定の日数の有給休暇をとらないことを容認することになるわけで、当該年度に関するかぎり労働基準法の定める最低基準を下廻ることを容認する結果となるからである。

これを要するに、労働基準法上の年次有給休暇の制度は具体的な当該年度において法定の日数を有給で現実に休むことを保障する制度であつて、それ以上に出るものでもなく、またそれ以下にとどまるものでもないというべきである。したがつて、年次有給休暇請求権の繰越しは、労働基準法上の年次有給休暇制度に関するかぎり、これを認めることできないといわざるをえない。

そうすると労働基準法上の年次有給休暇については時効ということを考える余地はなく、同法第一一五条の規定が適用されることはないというべきである。

(2)  もつともいずれも成立に争いのない乙第一号証(年次有給休暇規程)および同第二号証の一、二(年次有給休暇の取扱に関する協定)によれば被告日本国有鉄道における年次有給休暇については、まず計画年休と自由年休の区別があり、前者は全体の五分の三で勤務予定表を組む際に計画的に消化するもの、後者は全体の五分の二で職員の請求によつて消化するものとされ(昭和三二年七月一日職職第五五三号年次有給休暇規程第五条および第八条、年次有給休暇の取扱に関する協定第四条)、年次有給休暇の有効期間はその附与期日から二年間とされる(同規程第二条、同協定第三条)が、有効期間経過後もいわゆる不承認年休(計画年休のうちこれを割り当てた予定の日に業務上の都合で使用させられず、かつその後の有効期間内に消化できなかつたもの、同規程第七条、同同協定第八条)の範囲内において三年目以降に請求すること(同規程第一〇条、同協定第一一条)および自由年休へのふり替え(同規程第八条)が認められ、またいわゆる不承認年休は退職の際その処理方を考慮するものとされる(同規程第七条、同協定第八条)ことが認められる。

そうすると被告日本国有鉄道においては、年次有給休暇は一年かぎりのものでその繰越しはないとする労働基準法の原則に対して、右認定の限度において修正を加えているものといわなければならない。

このような修正の持つ意味であるが、二年間有効であるということは附与の日から二年内ならばいつ与えることもでき、極端にいえば二年目の終り頃にまとめて与えてもいい、というものではない。けだしもしそれでいいということになれば労働条件の最低基準を定めたものとしての労働基準法第三九条を下まわる基準ということになるからである。したがつて二年間有効であるという趣旨はあくまでも初年度に全部消化するということがたてまえであつて、それにもかかわらず消化しきれなかつた分を次年度に休暇として附与するという趣旨に解しなければならない。そしてその限りでは労働基準法第三九条の最低基準を上まわるものとして有効である。これをさらに詳言すると、労働基準法第三九条の定める有給休暇の日数(原告らの日数はすべて法定内のものである。)については、当該年度に現実にその日数の有給休暇が与えられなかつたという事実があることによつて労働基準法違反が成立し、同法第一一九条の罰則の適用を免れない状態が生じることとなるが、労働基準法が関知するのはここまでであつて、このように罰則を適用しうる状態が生じたにもかかわらず、さらに現実に休みが与えられなかつた日数に相応する日数だけ翌年において余分に有給で休むことができる(いわゆる繰越しを認める)というのは、あきらかに労働基準法の定める労働基準を上廻る労働条件ということができる。

このように具体的な労使関係において労働協約あるいは就業規則により年次有給休暇の日数の繰越しを認めることは、労働基準法の定める基準を上廻る労働条件の設定として許されるといわなければならない。

しかし右のように二年間有効とされて初年度では消化されず次年度に繰りこままれた休暇は、もはや労働基準法第三九条にいう年次有給休暇ではなく、同法第一一五条の適用を論ずる余地はない。

しかも本件で問題となつている自由休暇については二年の有効期間経過後の繰越しは認められていない。けだし、二年の有効期間後の使用が認められ、あるいは退職の際その処理が考慮されるのは、いわゆる不承認年休すなわち計画年休で当該予定日に業務上の都合で使用されられなかつたものに限られ、いわゆる自由年休については、二年の有効期間後の使用は認められず、また退職の際その処理が考慮されるものでもないことが明らかである。

そうだとすれば、右の被告日本国有鉄道が附与する有給休暇のうち労働基準法の基準を越える部分についても時効制度の適用はないというべきである。

(3)  このような見解に対して、原告らはそれは年次有給休暇が消化されにくい現状においては非現実的な議論であり、労働者の休暇権をますます狭めることになると主張し、証人松岡三郎の証言も同じ趣旨の主張をする。

従来年次有給休暇制度は、日本では仕事を休むことがすなわち仕事を怠けることかのように受取られてきたこともあつて、労使の双方から十分な理解を受けず、遵守されなかつた。その結果多くの職場で年休が消化されずに終ることが多く、このことは被告日本国有鉄道のように全国的規模のしかも公共性が強い(営利本位でない)企業体においても同様であつた。<証拠>などによると、被告に雇われている労働者の年休は、いわゆる計画年休も自由年休も(もとより法定内年休について)なかなか消化しにくい状態であることがわかる。

そしてこのような事態から出発して、原告らは未消化の年休が時効制度の適用をうけずに有効期間が経てば消滅するとしたら、使用者はますます年休を与えまいとするだろうという。しかし時効制度の適用については年休の繰りこしについて前述したとおりの難点がある。たとえ消滅するにまかせるより労働者にとつてましであるという理由で時効制度を採用するとしても、その反面で休暇は現実に与えられなければならないとする前提があいまいになり休暇権はますます抽象的なものになつて年休制度の内実をとりくずすことになる虞れがある。

すでにくりかえし述べたように、年休はその年度に現実に休暇をとることを保障する制度である。そのために労働基準法第三九条は使用者に対して所定の「有給休暇を与えなければならない」と規定している。この使用者の義務は労働者の請求をまつてはじめて生ずるのではなく請求の有無にかかわらず使用者に義務づけられている。しかもその義務は罰則によつて強制されている。(同法第一一九条の罰則は使用者が労働者の請求がないまま休暇を与えなかつた場合にも適用される。)

だから前述の年休未消化の事態について被告国鉄は、現実に休暇を与えなければならない法律上の義務を痛感し、事態の改善を計らなければならない。(この点本件のように有効期間の終り頃になるまでの間に積極的に休暇をとるように取計らわなかつた被告の怠慢が責められるべきである。)

そして近年日本の経済済は高度成長を遂げ、生産力の著しい拡充と技術の革新の結果、労働時間の短縮とか週休二日制などが現実の課題となろうとしている。その間一般の休暇に対する意識も変りつつある。そうだとすれば被告国鉄が右の法律上の義務を自覚し努力することによつて有給休暇の消化は可能であり、被告はそうしてこの違法な事態を脱却すべきである。

労働者としても年休制度の本筋に立ち、年休は有効期間の経過と共に消滅することを前提に、使用者の法律上の義務の履行を要求していくのが正しい態度であろう。

三、以上の次第で、原告らが本件で問題にしている自由年休(昭和四一年の八月一日から一二月一日までの間に附与され、二年間有効とされたもの)についての年次有給休暇請求権は、二年の有効期間の経過によつて消滅するものといわなければならない。

そして、原告らの請求が、その本位的請求もまたその予備的請求(その請求原因は充分に明確でない)も、被告日本国有鉄道の年次有給休暇制度における自由年休の年次有給休暇請求権につき、労働基準法第一一五条の消滅時効の規定の適用があることを前提とするものである以上、その請求の排斥を免れざるものといわなければならない。(もし予備的請求が時効の適用を前提としないもので、消滅した年休について損害賠償を求めるものであるとしても、その損害の発生、その金額の証明がない。)

よつて、原告らの請求は、本位的請求および予備的請求のいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(水上東作 宍戸達徳 中島尚志)

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